‘フォトクリスタッフのスポーツ体験記’ カテゴリーのアーカイブ

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 営業一部 田屋

2013年6月19日 水曜日
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フォトクリスタッフのスポーツ体験記第13弾!フォトクリエイトには、スポーツ経験のあるスタッフがたくさんいます。
今回の担当は、営業一部の田屋です!「野球」について語っていただきました★


 

小学校からずっと野球漬けの日々でした。幼い頃はとにかく上手くなりたくて、上達する理論も何もわからないまま、とにかく腕の痛みが限界になるまでバットを振ったり、ひたすら走ったり。家にTVゲームの1つもないほど、野球にのめり込んでいました。

その甲斐もあって、小学校・中学校ともに全国大会に出場しました。

高校は、野球が強い学校に入学したい!という思いから、沖縄の強豪校へ。実家は東京なのですが、高校3年間は沖縄の祖母の家に住んでいました。

 

入部するやいなや、小中と全国大会に出場したことで天狗になっていたことに気が付きました。今までの自分の実力が全く通用せず、当時の挫折感は忘れられません。

100人程の部員がレベル別にA・B・C・その他のチームに分けられるのですが、一番初めはAに入ったものの、その後すぐにCに降格。3年生になるまでずっとBとCを行き来していました。

当時は精神的に本当につらかったですね。Aに所属する後輩の姿を見ると、悔しくて仕方がなかったです。

それでも甲子園を目指して、練習に明け暮れました。1年間の休みはお盆と正月の2日間だけ。毎朝学校へ行く前に練習し、授業が終わるとすぐに部活へ向かいました。

 

3年生の6月から、甲子園予選が始まります。野球部員はみな、このために練習してきたと言っても過言ではありません。私自身ももちろんそうです。

その矢先の3月、右手の手首にケガを負いました。全治2ヶ月です。ドクターストップがかかり、甲子園予選には間に合わないと宣告を受けました。

 

しかし、どうしても諦めきれませんでした。甲子園に出場するために今まで頑張ってきたのに、ケガで出場できないという事実をどうしても受け入れることができなかったのです。

筋トレや走り込みをしたり、左手だけでバットを振ったりと、とにかく当時の自分にできる練習をしていました。

 

ある日、監督に呼び出されました。その口からは、「マネージャーをやってくれないか」の言葉。

言われた瞬間、頭が真っ白になりました。選手として、事実上のクビ宣告だと感じました。当時の私は、試合に出場できない悔しさから、生意気ながらも「マネージャーなんかやりません」と言い捨てたのです。

しかし監督から、「周囲の信頼が厚い田屋に、100人の部員をまとめてほしいんだ」と説得されました。監督がきちんとみることのできる選手数は、せいぜいスタメンと言われる20人程度。100人をまとめることはとても難しく、誰かの力が必要でした。

確かに、甲子園という1つの目標をみんなで追っているはずなのに、喧嘩やいざこざ等がしばしば起こり、目標を見失うメンバーが少なくないことを自分自身も感じていました。

「プレイしなくても、チームへ貢献することができる。」

心を入れ替え、プレイングマネージャーとして100人をまとめる決断をしたのです。

 

そこからは監督の右腕となり、一般的なマネージャー業務のほか、選手の指導等を行いました。プレイングマネージャーになってからは、特に選手たちとよく話しましたね。自分たちの目標は何か、選手たちに問い直しました。チームを支え、監督やキャプテンと共に、甲子園までみんなを引っ張っていけるよう尽力しました。

 

残念ながら甲子園本戦に駒を進めることはかなわなかったのですが、100人の部員をまとめた貴重な経験は、今でも自分自身の糧になっています。ケガによって辛い思いもしましたが、腐らず前向きな決断ができて本当によかったと思っています。

 

今はフォトクリエイトの営業一部で、野球の他さまざまなスポーツの写真を届ける仕事をしています。スポーツを通じて生まれる一体感のようなものに魅力を感じていて、ずっとスポーツに関わる仕事がしたいと思っていました。

スポーツには、プレイしても観戦しても、人の共感や感動を呼び、人と人を結びつける力があると思っています。そんな素晴らしい瞬間を写真に収め、人々にお届けしていく。まだ入社3ヶ月目ですが、これからの仕事にとてもわくわくしています。

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 営業二部 杉本

2013年6月5日 水曜日
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フォトクリスタッフのスポーツ体験記第12弾!フォトクリエイトには、スポーツ経験のあるスタッフがたくさんいます。
今回の担当は、営業二部の杉本です!「マラソン」について語っていただきました★


昔から、走ることが大好きでした。

小学生の頃は地域の陸上クラブに所属し、中高でも陸上部へ。種目は短距離だったのですが、あまり速い方ではなく、ただ走ることが好きな気持ちで続けていました。

 

中学生の頃、同期の女の子は1人だけ。元々とても足の速い子でした。

私がどんなに頑張って練習しても、見える景色はいつも同じで、常に前を走る彼女の後ろ姿でした。速く走りたい思いで必死に練習しましたが、全く距離が縮まらない。当時は悔しくて、やめたくなることもありました。それでも続けられたのは、自分でも不思議なくらい、走ることが大好きだったからです。

 

ずっと短距離を走ってきましたが、なかなか記録が伸びなかったこともあり、大学入学と同時に何か新しいことを始めたい、と思うようになりました。

アルティメット(7人編成の2チームがコートでフライングディスクを用いて行う、アメリカンフットボール型の団体競技)に興味を持ち、サークルに所属したのですが、あまり上手くはありませんでした。ただメンバーが口をそろえて言うのは、「走るのだけは誰よりも速い」

 

やっぱり、走りたい。

父の趣味がジョギングだったこともあり、大学1年の秋頃から長距離を走り始めました。

そして約1年後、「第35回河口湖日刊スポーツマラソン」(27kmに出場。距離は短かったですが、初めての大会参加です。

その後はどんどんマラソンにのめり込み、昨年の「第1回富士山マラソン」では、フルマラソン3時間33分の自己最速記録を樹立。ゴールして時計を見た瞬間、自分でもびっくりして、本当に嬉しかったです。

 

マラソンは個人競技と思われる方が多いかと思いますが、私はマラソンの魅力はコミュニケーションだと感じています。

「第35回河口湖日刊スポーツマラソン」は、湖を1周(27km)するコースと、2周(フルマラソン)するコースに分かれています。以前フルマラソンの部に出場したときのことなのですが、ほぼ同じペースで走る父ほどの年齢の男性がいました。その方は27kmの部だったため1周終わったところで別れたのですが、その時「良いペースだよ、がんばれ!」と声をかけていただけたのです。

マラソン大会では、同じペースで走っていると不思議な一体感のようなものが生まれます。私はこの感覚がとても好きです。

また出場者だけでなく、沿道の方々の応援にも本当に励まされますね。東京マラソンに出場したときは、スタートからゴールまでずっと沿道に人がいて、温かい応援に元気をいただきました。

 

たくさんの人との触れ合いを感じることができるマラソン。まだまだ当分はのめり込んでいきそうです。

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 マーケティング部 菊地

2013年5月8日 水曜日
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フォトクリスタッフのスポーツ体験記第11弾!フォトクリエイトには、スポーツ経験のあるスタッフがたくさんいます。
今回の担当は、マーケティング部の菊地です!「バレエ」について語っていただきました★

3歳から、約20年間クラシックバレエを続けました。
バレエは華やかで、美しい衣装を身にまとうと気分が高まります。
 

しかし華やかさの裏には、過酷な世界があります。

トウシューズは木でできているため、発表会が近づきリハーサルを重ねるようになると、足の皮が剥けてしまうことがあります。踊っているときは集中しており痛みを感じないのですが、終わってみると血が出ているのです。華やかな舞台の裏で血を流す姿は、みなさんがイメージするバレリーナとは少し違うのではないでしょうか。

また、私は20年間同じ先生のもとについていたのですが、彼女はとても厳しく、特に幼い頃は叱られた記憶しかありません。周囲の大人には「よく続けられたね」と言われるほど。

しかしそんな中でも続けてこられたのは、なんといってもバレエが大好きだったからです。

 

バレエは、実はチームワークが大切で、私はそんなところに魅かれていたのだと思います。

個人で踊る演目もありますが、私はみんなで踊る方が好きでした。アイコンタクトをとりながら一つの演目を作り上げる。大変なときは「あそこは辛いよね」などと言い合い、本番が終わったあとは達成感や喜びを分かちあうことができます。

特に好きだったのは「星条旗」という曲で、隊形が複雑に入り組んでいく演目です。激しい振付けの中、全員で隊形を変化させていく一体感がたまらなく好きでした。

 

また、踊りだけでなく、「衣装の早替え」でもチームワークを感じることができます。

経験年数を重ねるうちに出番がどんどん増えていくと、曲と曲の間、最短2分で衣装を替えなければならないこともありました。一人ではできないので、後輩たちが舞台の裏にスタンバイしてくれており、みんなで息を合わせて怒涛の衣装チェンジ。大変だからこそ、楽しい瞬間です。おかげで、世代を越えて幅広く仲良くなることができました。

 

日々の練習や発表会もとても充実していたのですが、高校2年生の頃、有名なダンサーの方に一対一で見ていただく機会がありました。私のバレエ人生の中で、最も刺激的だった経験の一つです。

「指先まで意識して踊りなさい」

「一歩を大切に」

「身長があるのだから、もっと大胆に」

中学時代、バレエと並行してバスケットボール部に所属していた私は、突き指することも多く関節が曲がっていました。そんな手を少しでも美しく魅せられるよう、指先まで意識し、一つ一つ丁寧に表現することを学んだのです。

このときに受けた指導は、私の今までの踊りをよりダイナミックにしてくれました。

その後の発表会でも評判が良く、とても嬉しかったことを覚えています。

 

今はバレエから離れて2年が経ちますが、また始めたいなと考えています。もう一度体を柔らかくするところからのスタートですが、春から社会人になった今だからこそ、挑戦の場を増やしていきたいです。

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 営業一部 西海

2013年4月10日 水曜日
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フォトクリスタッフのスポーツ体験記第10弾!フォトクリエイトには、スポーツ経験のあるスタッフがたくさんいます。
今回の担当は、営業一部の西海です!「バドミントン」について語っていただきました★


高校の3年間、バドミントン部に所属していました。

部員が少なく、初めは4~5人いた同期も気がつけば2人だけ。
全学年を合わせても5~6人ほどで、試合に出るのですらぎりぎり。

しかし人数が少ない分、学年を越えて仲が良く、いつも和気あいあいと心地よいチームでした。

同期が1人しかいなかったので、ダブルスではずっと彼女とペアを組んでいました。
おのずとコミュニケーションが密になり、本当に何でも話すことのできる間柄。

二人のプレースタイルは間逆です。
彼女はテクニックがあり、ドロップやヘアピンなどの技を使って試合展開を有利に運びます。
私はどちらかというと瞬発力のあるタイプで、とっさの反応や切り返しが得意でした。

タイプが違うからこそ、バランス良くお互いを補ってこれたんだと思います。
試合中はもちろん、普段の練習も、苦しいときはいつも支え合ってきました。

特に辛かったのは、100本ノック。
バドミントンの楽しそうなイメージから入部した部員たちも、思いのほか厳しい練習に部を去っていきました。

一人だと諦めてしまうこともあります。ですが、二人だとお互いをフォローし合います。
技術的にも精神的にも支え合い、気がつけば、彼女は私にとっていなくてはならない存在でした。


長らくペアを組んで、いよいよ退部が迫ってきたとき。

今までの努力を何か形に残したい、と彼女と話をしました。
そんなに強くない自分たちだけれど、やれるところまでやってみたい

高校3年の夏に開催される地区大会に向けて、今まで以上に気合いを入れて練習を積みました。
基礎打ち練習や、ノック、実践形式など、練習内容は普段と変わりないですが、結果は日々の鍛錬の積み重ね。
勝てる相手がどんどん増えていく実感がありました。

そして高校生活、最後の夏。
石川県能登地区で、私たちペアは見事2位入賞を果たしたのです。


彼女は、今でも私の相談役です。
高校を卒業してからも、何かあったときはいつも一緒に乗り越えてきました。
彼女の結婚式では、人目もはばからず号泣してしまったほどです。

バドミントンを経験して最もよかったことは、一生付き合える友達を得られたこと。

今でも、社会人サークルでバドミントンを続けています。
サークルに入って、一気に人間関係が広がりました。
バドミントンだけでなく、旅行など様々なイベントを企画したりと、本当に仲が良く楽しい仲間たちです。

高校時代ペアを組んだ彼女、部員のみんなや顧問の先生、そして仕事も年齢もバラバラな社会人サークルの仲間たち。
バドミントンを通じて得ることができたこの人間関係は、今までもこれからも、ずっと私の財産です。

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 営業一部 中村

2013年2月27日 水曜日
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フォトクリスタッフのスポーツ体験記第9弾!フォトクリエイトには、スポーツ経験のあるスタッフがたくさんいます。
今回の担当は、営業一部の中村です!「ラグビー」について語っていただきました★

中学1年から大学4年まで、ラグビー部に所属していました。

ポジションはスクラムハーフ。
フォワードが獲得したボールを、バックスへパスすることが主な役回りで、

攻撃の起点となることが多いため、ゲームを組み立てる司令塔的立ち位置でもあります。

私が思うラグビーの魅力は、自由なところです。
人数が15人と多くフィールドも広い分、攻め方も守り方も選択肢がたくさんあります。
そんな中、チームの色を崩さないよう試合展開を作っていくのが私の役割でした。

私のチームが目指していたのは、『ハイスピードラグビー』です。
どんどんボールを回して、次々と展開していく試合を作ります。

そのため、特にチーム内のコミュニケーションは必要不可欠。
コミュニケーションが不足していると、早い流れを作ることはできません。
私はフォワードとバックスの間にいるポジションなので、「常に確認」を意識し、
密なコミュニケーションを心がけていました。


他のスポーツもそうですが、選択肢が多く動きが読みにくいラグビーは、特に写真を撮ることが難しいです。
家族など、一般の人では撮りにくいため、一人抜きの写真なんてほとんどありません。
私自身、中高時代の写真は全くと言っていいほど残っていないですね。
唯一残っていた中学時代の写真(→)では、顔が判別できません。

そんな中、就職活動を始め、フォトクリエイトの存在を知りました。
たくさんのスポーツ写真を撮影し、それをインターネット上で販売するサービスを初めて知って、とても驚いたことを覚えています。
それまで、自分がラグビーをしている写真をほとんど見たことがありませんでしたから。
この感動を熱心に伝え、内定まで進むことができたのです。


その後大学3年生のとき、「関西ラグビーまつり」という大きなイベントに出場しました。
このイベントには、なんとフォトクリエイトが撮影に来ていたのです!
サービスを知っていたので、写真が公開されるまで本当にわくわくして、興奮したことを覚えています。

そして、ついに写真公開
初めてプロカメラマンに撮影された自分の写真。


見たときは、本当に感動しました。
自分一人だけにピントが合っていて、躍動感があり、これが自分の姿なのかと目を疑うほどです。

この瞬間、ますますこのサービスを広めていきたい!と強く感じました。

自分のラグビー時代の写真は、ほとんど残っていません。
だからこそ、より多くの人に写真を残していきたい。
フォトクリエイトのサービスに関われることをとても嬉しく思いました。

現在は、営業一部でラグビーを担当しています。
サービスを実際に体験し、リアルなお客様目線を持てたことは、
やはり営業上でも大きな武器ですし、何より自分のモチベーションになっています。

 

野球やサッカーなどメジャーなスポーツだけでなく、マイナースポーツを競技される方にも、
たくさんの写真を残していきたいですね。

ラグビーは、全年齢層の方が楽しむことのできるスポーツ。
ラグビーを楽しむすべての方へ写真をお届けすることが、私の理想です。

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 フォトクラウドビジネスグループ 山田

2013年1月30日 水曜日
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フォトクリスタッフのスポーツ体験記第8弾!フォトクリエイトには、スポーツ経験のあるスタッフがたくさんいます。
今回の担当は、フォトクラウドビジネスグループの山田です!「ストリートダンス」について語っていただきました★

エンターテイナーになりたい!
これが私がダンスを始め、今も続けている理由です。

幼稚園の頃からクラシックバレエを習い、小学校時代にはコンクールに出たこともありました。
しかしバレエは何か自分には向いていない気がする。そんなとき、ジャズダンスに出会いました。
バレエよりも自分の感情のまま踊れるジャズダンスは、とても自由に思え、今までよりも自分らしく感情を込めて踊るようになりました。

昔から人を喜ばせることが好きで、自分の一挙一動で観客が盛り上がってくれるダンスの世界に自然とのめり込んでいきました。
人によって好みは色々ですが、私は抜群に技術があるわけではなくても、演技を見ると楽しくなったり、悲しくなったり、なんだか気持ちがひきこまれてしまうダンスが好きです。


大学生になり、ストリートダンスサークルに入りました。
ストリートダンスには、ヒップホップやロック、ポップ、ジャズなど、様々なジャンルがあります。
サークルはそれぞれのジャンル別にグループが分かれていて、私はジャズを選びました。

入ってから気づいたのですが、サークル内でジャズダンスは
「女の子が可愛いポーズをとってるだけのダンス」といったように見られていて、認められていないように思いました。
それが悔しくて悔しくて、その状況を変えてやる!と努力しました。

私が入ってからも人数がどんどん減っていって、先輩含め約10人ほどのコアメンバー。
個人のダンスのレベルを上げるためにがむしゃらに練習することはもちろん、ショーの時にはどうしたら魅力的に見えるか、観客が盛り上がるか、工夫を重ね、たくさんの時間をかけて1つのショーを完成させていきました。

私はメンバーの中でも、コミュニケーションをたくさんとってみんなとのつながりを作る役割でした。
先輩や同期・他のジャンルのメンバーとうまく話せるきっかけを作ったり、練習をしたり。

同期や後輩たちに楽しんでサークルを続けてもらって、もちろん自分たちもこころゆくまで楽しんで。
嬉しい時も辛い時も同じ時間を過ごしながら、何回もショーを作っていきました。
回を重ねる度にどんどん良いショーができあがっていく
実感がありました。

学園祭の公演では観客のみなさんにアンケートをとり、ジャンルで順位をつけます。
上位に入りづらいジャズダンスですが、私が3年生で引退する学園祭では、2位に入ることができました。

今では後輩たちがたくさんいて、ジャズは大所帯のジャンルになりました。
新入生は先輩のショーを見て、かっこいいと感じたジャンルを選びます。サークル内での立ち位置を変えることができた。
これまでの努力が認められた結果だと思うと、本当に嬉しかったです。

 

エンターテイナーになりたい。
この思いは、ダンスだけでなく、今の仕事にも生きています。

写真館様にフォトクリエイトのサービスを提案する仕事なのですが、写真館様に喜んでもらうことが今の私のやりがいです。
こちらができることを組み合わせて、いかに相手の現状のお手伝いをすることをできるか。
私がどんな風に提案したら、今喜んでもらえるのか。

私の提案によって、「これ面白いね」「これなら今の状況を改善できる」など、プラスの反応が返ってくることが、何より嬉しいです。

いつまでも、人に喜びを与えるエンターテイナーでありたい。
これが私の人生のテーマかもしれません。

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 営業二部 廣野 

2012年12月26日 水曜日
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フォトクリスタッフのスポーツ体験記第7弾!フォトクリエイトには、スポーツ経験のあるスタッフがたくさんいます。
今回の担当は、営業二部の廣野です!「テニス」について語っていただきました★
 

僕は、東京学芸大学で4年間テニス部に所属していました。
プレースタイルは、「守るテニス」です。

相手が拾えない球をバシバシ打って試合に勝つことは、相当高いレベルでないと難しい。
ミスが少なく手堅いテニスをした方が、勝ちにつながるのです。
「とにかく勝ちたい。」
勝ちにこだわった結果、僕はこのプレースタイルになりました。
華やかにかっこよく打つのは二の次。勝つことが最優先。
長い試合になるのでつらいですが、体力には自信がありました。

ただ、守るだけで決まり手のないテニスは、上のレベルには行きづらい。
攻めるテニスに転向するか、葛藤もしました。
しかし僕はこのプレースタイルを選び、守るテニスを磨いていったのです。

最も心に残っている試合は、大学3年生の時。
教育大学の合同戦は、大阪教育大学が全国レベルでとても強く、これまで何年間もずっと優勝していました。
その年好調だった僕たち東京学芸大学は、「打ち破るのは僕たちの代しかない!」とも言われていました。

チーム戦で、僕が当たったのは相手チームのキャプテン。
対戦表を見た誰もが「負けが決まっている」と思った試合でした。

相手は攻めるテニス。
僕はもちろん守るテニスで応戦しました。

打たれても打たれても拾って粘り強く返し続け、相手の決め球に対して、カウンターで点を奪う。

攻めても決まらず、自らのミスばかりで点を失う相手は、試合中気落ちしていくのが分かりました。
僕の守るテニスは、相手のメンタルを着実に削っていったと思います。

その結果、絶対に負けると思われていた相手に、勝つことができたのです!
勝ちが決まった瞬間は、思わず涙が出ました。

決して華やかではないけれど、勝ちにこだわった自分のプレースタイルが活きた瞬間だと感じました。 

そしてこの勝ちはもちろん自分だけの力ではありません。
他の競技でも応援はありますが、テニスは特にプレイヤーと応援とのつながりが深いのではと僕は思っています。
テニスは個人競技と言われますが、大きな試合だとOBやOGまで勢ぞろいして、その存在が大きな安心感を与えてくれます。
激励だけでなく、良くない試合をしたらもちろん怒られるので、良いプレッシャーにもなりますね。

合同戦自体は負けてしまったのですが、この試合は、
仲間の存在の大きさと、自分がこだわってきたプレースタイルの底力を教えてくれました。

今でも大学のテニス部にはOBとして顔を出し、練習に参加しています。
テニス以外にも、最近はトレイルランなどを始めて、ますます粘り強くスポーツを楽しんでいます。

 

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 営業一部 山本

2012年11月21日 水曜日
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小学生時代に6年間続けた空手。
通い始めた頃は練習の厳しさについていくことができず、常に辞めたいと考えてしまい、練習に行くのが決して好きではありませんでした。
4年生くらいまでは、空手をただなんとなく続けていたことを覚えています。
そんなモチベーションで取り組んでいたので、私はずっと白帯のままでした。

しかしあることをきっかけに、気持ちに急激な変化が現れました!
ある試合で後輩に負けてしまったのです。それまでは同級生や先輩に負けることはあっても、後輩に負けたことはありませんでした。
空手に対する思いなんてなかったはずの自分なのに、負けた後は悔しくて涙が止まりませんでした。
同級生や先輩に負けた時も悔しいという感情はありましたが、「先輩だから仕方がない」「あいつは強いからな・・・」などと、自分の中で何か言い訳を見つけては安堵していたように思います。
ただ、その時の後輩に負けたという事実には言い訳ができませんでした。

それからは、悔しさをバネに必死に練習をしました。
今まではなんとなく続けていた空手に、ようやく熱い感情が芽生え始めました。
そんな私のやる気が周りの先生方にも伝わったのか、とても熱心に指導してくださるようにもなったのです。
その結果、小学生最後の大会では、以前負けた後輩に勝ち見事優勝することができました!!

今となっては、もっと最初からやる気を出して取り組んでいればという後悔もありますが、空手からは多くのことを学びました。
その中でも特に、自分一人でできることの限界を教えてもらったと思います。
空手は基本的には個人競技なので、一人で鍛えるものと思われる方もいるかもしれません。
しかし、たくさんの人との関係があって、初めて成長できるものだと私は感じています。
後輩の存在がなければ、奮起することなくそのままなんとなく空手を続けていたと思いますし、一緒に練習する仲間の存在にも、幾度となく助けられました。特に団体戦の時に感じる心強さは今でも覚えています。
また、雪辱を晴らし優勝することができたのは、熱心に指導してくださった先生方の存在なしでは語ることはできません。

今は空手から離れていますが、社会人になってマラソンやトレイルランを始めました。
そんな時も、自分一人で走っているとすぐに歩いてしまう自分がいますが、仲間と一緒に走っていると、不思議と楽しく走り続けることができるんです。
私は負けず嫌いなので、「負けたくない!」と競う気持ちもあり、走り続けるモチベーションに変わります。
空手やマラソン、トレイルランのような個人競技でも、周りの人たちのおかげで、楽しく、競い合いながら、頑張ることができるのだと思います。

                                               (写真右が山本です)

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 営業二部 石川

2012年10月31日 水曜日
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春高バレーに出たい。
高校2年生の時、この夢が叶いました。

中学からバレーボールを始め、高校はバレーボールの4強と言われる学校を自ら選んで進学しました。
練習はもちろん厳しく、当時はお盆も正月もありませんでした。
正直、やめたいと思ったことはあります。しかし、朝から晩までずっと一緒に辛い練習を乗り越えてきたメンバーがいてくれたおかげで、辛い練習も乗り越えることができました。
家族よりずっと一緒にいましたから、結束は本当に強いです。
もし1人だったら、乗り越えられていたか正直分かりません。
私はアタッカーだったのですが、ボールを拾ってくれた人、あげてくれた人のために打ちたい、といつも思っていました。
私の調子が悪い時にも、意図的にボールをあげてくれたりするんですよ。
「美幸に打って欲しい。」そんな思いが伝わってきて、いつも以上の力が出るんです!

そして高校2年生の時、憧れの春高バレーに出場しました!
結果は1回戦敗退でしたが、出場できたことに大きな意味があると思います。
ずっと応援してくれた両親に喜んでもらうことができましたし、
学校の友人もたくさん応援に来てくれて、本当に嬉しかったです。
普段の試合とは違う高揚感があったことを今でも覚えています。

つらいとき、挑戦するとき、私の合言葉は「やればできる!」
4強の高校へ進学を決めたときも、無名中学からの進学だったため、
中学時代の精鋭が集まる高校ではスタートした時の実力に雲泥の差がありました。
練習が終わった夜は、いつもバレーボールの映像をスローで見ていました。
自分と同じくらいの背格好の選手のフォームや特徴を徹底的に研究したことで、
早いスピードで成長することができました。
「やればできる」を確信した瞬間です。

この時代の経験があるから、今たいていのことは辛くないと思っています。
メンタル的にも体力的にも、当時以上に辛いと思うことはほぼありません。
「やればできる!」バレーボール時代に得たこのマインドは、私の人生の挑戦をいつも助けてくれています。


 

フォトクリスタッフのスポーツ体験記 オペレーション部 芳賀

2012年10月3日 水曜日
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フォトクリスタッフのスポーツ体験記第5弾!フォトクリエイトには、スポーツ経験のあるスタッフがたくさんいます。今回の担当は、オペレーション部の芳賀です!「バスケットボール」について語っていただきました★

 

小学校3年生から、中高大、そして現在と、ずっとバスケをしています。

 

今の私があるのは、中学時代の部活経験のおかげです。
厳しい指導の中バスケの基礎を教わっただけでなく、
「人に会ったら必ず挨拶する」などの当たり前の礼儀や、
日々努力し「全国大会に出場したい!」と高い目標に向かう姿勢
この環境の中で大切なことをたくさん学びました。

高校時代は「インターハイに出たい!」という思いのもと、強豪と言われる学校を自ら選んで入学。
練習はやはり厳しく、始発で朝練へ向かい、帰りは22時すぎ。
そんな生活を毎日続け、残念ながらインターハイ出場は逃したのですが、
県4位まで上りつめました。

 

当たり前のことですが、バスケはチームスポーツです。
練習内容も常に連帯責任で、できないメンバーがいたら全員でサポートしました。
課題を課せられても自分が終わったら終わり、ではなく、全員終わるまで応援し続けます。
高校時代は特に「仲間の大切さ」を感じましたね。
同期が多かったので横のつながりが強く、卒業後10年経った今も毎年親子で忘年会をしたりと、頻繁に連絡をとり合っています。


学生時代の部活生活は、今の自分の基礎を作ってくれた大切な経験だったと思います。
しかし朝から晩まで休みなく続く練習は、正直ただ「楽しい!」という感覚ではありませんでしたね。

私の思うバスケの魅力は、「同じプレーがない」ということ。
ひらめき次第で、何通りもプレーが生まれます。

今思うと、学生時代は「ミスしないように」という気持ちにしばられていた部分が大きく、
ひらめきや自分の考えにしたがって動くようなのびのびとしたプレーは、あまりできていなかったように思います。

社会人になってクラブチームに所属し、週に1~2回の練習をしているのですが、
今は「自分たちで考えて試合に勝つ」ことが楽しくて仕方がありません!

何人かで連携したディフェンスやトラップなど
みんなで話し合う中で新しいプレーを発見することができ、
その考えたプレーが成功した時の快感はやみつきになりますね。

学生時代と今ではまったくバスケの捉え方が変わりました。
私は当時自分のプレーに自信が持てず、「本当はこうしたかったけどミスをしないように・・・」と、プレーを選択していました。
しかしバスケの私なりの楽しみ方を知った今は、ミスを恐れることが正解ではなかったな、と実感しています。

学生時代にもこんなバスケができていたら、もっとバスケを好きになって、
もっともっと強くなっていたんじゃないかな、と少し後悔するほどです。
自分が楽しいと感じること、自分の思いを実行すること、大人になってやっと大切なことに気付きました。

学生時代の経験は間違いなく私の糧になっていますが、今の経験もまた、他に代えられない大切なものです。