‘感動の声’ カテゴリーのアーカイブ

がむしゃらに、ただがむしゃらに

2015年5月27日 水曜日
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市民球場近くのコンクリート壁に向かってボールを投げ、三浦学(まなぶ)さんはひとり野球の練習をしていた。ひと汗流して近くのスポーツ施設に入ってみると、様々なパンフレットが目に飛び込んできた。その中に『第2回ええじゃないか豊橋サイクルフェスティバル』の告知も入っていた。

「ロードバイクは一度も乗ったことがなかったのですが、無性にやってみたいと思ったんですよね」

 出場したいと思ったら行動あるのみ。すぐに申し込んだ。1月中旬のことである。

大会に出ることは決まった。しかしロードバイクがない。弟に借りるつもりでいたが、その弟も同じ大会に参加するという。大会は3月1日。すぐにでも練習もしないといけないのに何もできない。購入するという手もあったが、このレースのために10万円近く出す決断はできなかった。結局、貸してくれるところを探し回り、やっとそういう自転車屋さんを見つけることができた。2週間前の話しだ。当然ながら、少し練習をするだけであっとう間に本番を迎えることとなってしまった。

 

「目標は優勝です。やるからにはそこを目指さないと。友達や会社の同僚にも、1位を獲ると宣言しました」

 三浦さんは自らプレッシャーをかけて奮起するタイプなのだ。

大会当日は雨だった。ビギナークラスにエントリーした81人中、なんと31人が不参加するほどの悪天候だった。

「最初から全力でこぐ。戦術があるとしたらそれだけなので、自分の中では雨は関係ありませんでした」

 そう話すとおり、スタートから先頭集団の中に混じって、一生懸命にペダルをこいだ。地面が濡れていると滑りやすい。それを示すとおり、1周2kmのレース場で、2周目に入ったときにアクシデントが起きた。

「僕の後ろでガシャンという音がしたんです。振り返ることはしませんでしたが、スリップで転倒したことがはっきりと分かりました」

 斜めに降り注ぐ雨が冷たく顔に当たる。視界も悪い。自分が今、何番目を走っているのかすら把握できなかった。ただ目の前にある道を行くのみだった。三浦さんはむしゃらにロードバイクをこいだ。

 

がむしゃらになるには理由があった。それは、なぜロードバイクレース出場を思い立ったのかにまでつながることだった。

「職場に好きな人がいて、アピールしたかったんです。だから申し込んだんです」

無性にやってみたいと語ったのは、そういうことだったのだ。実は三浦さんは3月いっぱいで退社が決まっていた。その前に思いを伝えたかった。ロードバイクレースに優勝して、振り向かせたかった。

しかし、この恋は成就しなかった。

「自分の中に熱い気持ちがあると分かっただけでも良かったと思います。好きな思いがなければレースに参加することもなかったし、今の自分も存在しないわけですから」

 

 順位は14位だった。1位を狙ってのこの結果は物足りないと思われるかもしれないが、優勝者とは3分しか違わない。

「これは本当に自信になりましたね」

 大会後、三浦さんはロードバイクを購入した。今後も続けていき、いろいろなレースに出場したいという。そして来年、もう一度『ええじゃないか豊橋サイクルフェスティバル』に出て、今度こそ優勝を目指す!

 

(文責:ライター金子塾 滝沢)

グルメも好きなシニアランナー

2015年5月20日 水曜日
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世間がバレンタインイベントでにぎわっていた1月後半。チョコに見向きもせず走る男性ランナーがいた。そのランナーとは伊藤 将生(しょうせい)さん 。

都立夢の島公園で開催される、 『チョコラン2015東京大会 ~チョコレートを愛する人のRUN~』男子10kmの部に出場した。

 

この大会は、給水所改め、給チョコ所がある。スイーツ好きにはたまらない。女性の参加者が多く雰囲気も明るい。また、目を奪われるような様々なチョコが給チョコ所に置かれている。

「チョコは好きなんですよ。でも、今回は給水所の水は飲んで、給チョコ所のチョコは食べませんでした。タイムを重視したからです。」

 

伊藤さんが出た10kmの部は周回コースを4周する。道幅が狭く、180度の折り返しも頻出し、アップダウンも多めの手ごわいコースだ。

「スタートからゴールまで自分のコンディションとして、きつく感じました。風も強い日でした。」

伊藤さんは46:04 でゴール。

「記録はあまり満足できませんでしたが、順位は8位と良かったです。」

 

伊藤さんはマラソン歴15年。こう自己分析する。

「もともと、飽きっぽい性格。でも、マラソンだけは、あきません。日課です。朝ランの後の充実感が良いですし、自分の身体と対話できる。大会に出るとまたこれからも頑張ろうと思えるんです。」

また、お酒も好きだし脂っこい食べ物も嫌いではない。走っていて脂肪は燃焼されるためか、身体は引き締まっている。ダイエット目的で走りはじめたところ、半年で体重が15kg減った。

 

先日、こどもの国で開催された大会に参加し、骨膜炎をおこし暫く練習を休んでいた伊藤さん。次に出る第10回戸田・彩湖フルマラソンに向けて、

「3時間30分台に挑戦します。」

仕事へ行く前に一人で10kmほど走っている伊藤さん。仕事の休みが不規則なため、サークルなどには所属せずに一人で走っている。

「でも本当は、サークルに所属したりして、仲間の皆さんと走ったりできたら楽しいだろうなと思っているんです。」

そうイキイキと語る伊藤さんが、気のおけない仲間と走る日はそう遠くないにちがいない。

 

(文責:石渡 素子)

大会で母想いを発揮する小学生ランナー

2015年5月13日 水曜日
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小学1年生の琉季(りゅうき)くんは2015年2月11日、人生で初めてのマラソン大会に母の現然枝(みさえ)さんと二人で出場。『第15回西東京市ロードレース大会』は1kmの部を6分58秒でゴール。

現然枝さんは、「私が琉季の足を引っ張ってしまったと思うのですが、コース上で琉季は私が来るのをちゃんと待っていてくれたんです。」

母想いの優しいランナーだ。

 

そして、琉季くん人生で2回目の大会は、『調布テンケーマラソン』キッズ1kmの部。

「地元、武蔵野は自然も豊かで公園も多いです。気持ちのいい場所。その地元の近くで開催されるので参加したんです。」

この大会は今回で第4回目の開催。新しく「キッズラン」の部が出来た。大人から子どもまで幅広く楽しめる。武蔵野の森公園が会場で、調布飛行場を脇に走る。「地雷ではなく花をください」というのが大会のコンセプト。地雷廃絶を訴えるチャリティ大会だ。   

大会当日の朝、スタートの際、琉季くんは緊張していないようだった。

「序盤はスローペースで、終盤は飛ばすようにって二人で作戦を立てていました。」

 

そして、レースが始まった。

序盤、周りの選手につられ琉季くんはダッシュをした。その後、ゴール手前、現然枝さんは走ってくる琉季くんを見つける。その時、琉季くんの表情は少し疲れていた。

最初にダッシュしてしまったため、終盤、疲れてしまったようだ。

そして、ゴール。結果は4分29秒だった。

「作戦通りにいかなかったー。」

琉季くんは、少しくやしそう。

琉季くんは、初めての小学校の運動会の徒競走ではライバルをおさえて1位に。でも、鉄棒でライバルに先を越されても、意外と冷静。しかし、そろばんで負けた時は悔しくて大泣き。冷静な面もあると同時に、挑戦する気持ちもしっかりある。

現然枝さんは言う。

「今回の大会で順位は23位でしたが、初めて一人で参加し、一位なるにはどうしたらいいかな?ということを初めて言い始めたんです。そういう気持ちを持ってくれたことがうれしかったですね。」

次に挑戦する大会は味の素スタジアムで開催される『マニュライフ生命わくわくチャリティラン2015 駅伝&ハーフマラソン in 味スタ』だ。この大会では、友達と申し込み、一人で走る。タイム計測がなく、楽しめる大会。

人と競争することが全てではなく、母想いの優しい小学生ランナー琉季くん。これからどんな風に成長していくのか楽しみだ。

 

(文責:石渡 素子)

子どもと一緒にできることが見つかった!

2015年5月6日 水曜日
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今回は、お客様からいただいたエピソードをご紹介。

『ぐるっと浜名湖ツーリング』に参加したN.Sさんは、親子で一緒に楽しめるものを探していました。

そして、やっと見つけました!

今回で、2回目となる、『ぐるっと浜名湖ツーリング』ですが、

昨年出てから、毎年チャレンジしよう!って、感じ、今年も、参加させていただきました。

子供が、一歳になる前から、男1人で育ててきて、はや9年目!

毎日が、バタバタ! 仕事や、家事に追われ子育てって、人に言える様な事など、

あまり出来ずにここまで来ちゃった感じで、

そんな時に、このサイクリングイベントを知り、 参加させていただきました。 

 

 

子供目線で、考えれば度胸試しみたいな所あるんですが、

親目線だと、体張って、子育てって言うか、子供と一緒に出来る事って、無い!って、事に気がついたんですね。

だから、自分にとって、子供と一緒にガチで汗流して、一緒にゴール目指せる!って、思ったら凄く嬉しくなってしまったんです。

それと、そんなシーンを写真に撮って頂ける事も、感動!

 

 

多分、1人親あるあるかもしれませんが、まず『子供と一緒の写真が撮れない!』 常に、シャッター押す側ですから、、、

男だと、学校行事でも、ママさんたちに頼みつらいし、、、って、言うかママ友さん、あまり居ないし。

なので、自分にとったら、 七五三や、家族写真をとる気持ちで、 サイクリングイベントに参加して、

カメラマンさんの前を通過していますよ(笑) 

来年、再来年、子供の成長と共に 自分が一緒に居れたら何よりの幸せだと思います。

 

(N.Sさんのエピソードより)

 

元気を与えられるなら

2015年4月29日 水曜日
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東日本大震災はたくさんの人々の人生観を変えた。金子正広さんもそうだった。自分の人生を振り返り、やがて訪れる死をも見つめた。
 いろいろ考える中で一番悩んだのが今の生活だった。会社と家の往復だけで一日一日が過ぎてゆく。それでいいのだろうか…。
 
「それから数カ月後、会社で千葉のマラソン大会に出場することになったんです。人生で1回ぐらいこういう経験をするのも悪くないと思い、参加を決めました。これっきりのつもりでした。それがもう散々な結果で…。スタミナ切れでジグザク走行するわ、多くのランナーに抜かれるわ、とにかく自分自身に腹が立ちましたね」
 なんとか完走はしたが、悔しくて仕方なかった。一晩寝ても解消することはなく、翌日には早くも次のレースに申し込んだ。
この行動こそがマラソンに生き甲斐を見いだすきっかけとなった。以来、大会には幾度となく出場するようになり、練習も月に200~250kmを走ることを目標としている。
 
 そんなあるとき。知り合いからこんな話しを聞いた。
被災地の方々が、市民マラソンのランナーから勇気をいただいている。沿道で頑張れ、頑張れと応援しながら、実際はその方自身が励まされているのだと。
 被災地のために何ができるのか。震災以来、自分の人生を考えるときは、いつもそのことが頭から離れなかった。自分の生き方に新たな道を与えてくれたマラソンで、被災地の方々に元気を与えることができるなら出場するしかないだろう。
 
 金子さんはすぐさま『いわきサンシャインマラソン』の出場を決めた。
 
「最初からタイムや順位にはこだわるつもりはありませんでした。“手を振って笑顔で”をテーマに、沿道の人たちに声をかけてハイタッチしながら走りました。子どもたちが楽しそうに手を出すんです。ポンと叩くと喜んでくれてね。漁港近くになると『ドンドン』と太鼓の音が聞こえてきて、大漁旗もたくさんなびいていて、うわーすごいなあと思いました」
 町一丸となって盛り上げるパワーが、金子さんに来て良かったと思わせた。
 
 スタートから1時間後、雨が降ってきた。雨のレースは金子さんにとって初めての経験だった。
「次第に靴の中が濡れてきて、中で足がズルズル滑るようになってきたんです。やがて指にまめができてしまい、32km付近から痛くなって大変でした」
 被災地の方々に元気を与えようと思って参加したのに、顔をしかめて走るわけにはいかない。金子さんは痛みを隠して最後まで笑顔でいた。
 
「ゴールした瞬間は、胸いっぱいの気持ちでした。いろんな人に『頑張って』と声をかけ、『あなたも頑張ってよ』と言われました。ランナーは沿道の応援で力をもらって完走できるものなんだと、改めて思いました。」
持ちつ持たれつ。そんな関係性がピッタリはまる大会だった。
 
 金子さんが見た被災地は、復興半ばという感じだったという。
「大変な中で力強く生きている人たちがたくさんいます。日々頑張っている方々に少しでも元気を分け与えられるなら、何度でも『いわきサンシャインマラソン』に出場します」
 
 自分のすべきことを見つけ出した金子さんは今、充実感を感じながらますますマラソンにのめり込んでいる。
 
(文責:ライター金子塾 滝沢)
 

ハングリースピリットの娘へ、母の言葉

2015年4月22日 水曜日
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ふと立ち寄った本屋の白い棚に、誰かが置き忘れたオレンジ色の本が一冊。その本を見つけ、本に飛びついた須賀明美さん。表紙に描かれたタイトルは、人生を変えるほどのフルマラソンの魅力を伝える内容だった。

自分を変えるきっかけを探していた明美さんには、難病の甥っ子がいる。甥っ子を応援したい。また、将来についてアドバイスの多い両親に、自立していることを証明したい。そして、厳しくも親しみのある上司に認めてもらいたい。出会った本から、マラソンを通じてその思いを伝えたいと思った。

明美さんはマラソンデビューを決めた。『第14回坊っちゃんランランラン』ラン・RUNの部(ハーフ・制限なし)だ。

「運動経験はゼロでしたが、ダイエットや美容にもいいということで自然とガンバレました。」

 

9月1日から、明美さんは一念発起。12月開催の大会まで3ヶ月。ウォーキングをすることから練習を頑張った。普段は厳格な父の博史さんが日課にしているウォーキングに、明美さんは付き合う。

「一緒に歩いて、コミュニケーションを密にとれたことが嬉しかったですね。」

そのまま、週5回の割合でランの練習を続ける。しかし、どうしても連続15kmほどが限界。そして、この状態で大会当日をむかえる。

 

「一番後になって誰もいなかったら、お母さんは恥かしいから帰るよ。」

応援に来てくれた母の静子さんは、会場でそう明美さんに言った。

明美さんは少し不安なまま、しかし思い切りスタートする。

「初めてなので、最初から飛ばしてしまったんです。」

それでも、10kmまでノンウォーク。一旦、歩いてしまうと、ずしりと身体に感じる重み。10km以降はしばらく歩いたり走ったりを繰り返す。

 

明美さんがゴール手前にさしかかると、他の誰よりもの大きな声援が明美さんの耳に入った。

「思ったよりも早かったねぇ。頑張って頑張って!」

手をたたきながらそう言っている人がいる。

母、静子さんだった。

「一番後になって誰もいなかったら、お母さんは恥かしいから帰るよ。」という、母、静子さんの言葉は、幼い頃から愛情を持って厳しく育てた娘、明美さんがハングリースピリットを持っていることを知っていた、愛のムチだった。

「私、苦境に立たされると、より頑張ろうと思うんですよ。」

明美さんは笑いながら言う。

 

人生初のマラソンのゴールゲートを明美さんはくぐった。

ゴールタイムは3時間に近いが、

「母の声援がとてもうれしく、走ってよかったという気持ちになりました。大会の雰囲気って不思議ですね。走れちゃいました。また、両親や、今は退院して回復に向かっている甥っ子、会社の上司に感謝しています。」

 

ランはすっかり明美さんのライフスタイルの一部に。5月に開催される『第24回朝霧湖マラソン大会』のハーフマラソンに向けて、現在、目標タイムを決め練習している。

「2月に高知龍馬マラソンでフルに出場しゴール出来なかったので、今度はゴールを目指して頑張ります。」

胸を張る明美さんの瞳が輝く。

 

(文責:石渡 素子)

 

景色もコースもエイドもすべて“楽しもう”

2015年4月15日 水曜日
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江刺家(えさしか)さんにとって今年で3年連続の出場となった『館山若潮マラソン大会』。舞台となる館山市は房総半島の先端に位置し、東京近郊でありながら冬でも穏やかな気候で過ごしやすいところだ。江刺家さんにとっても、東京の自宅から日帰りで行けること、冬でも暖かくて走りやすいことが、参加する大きなメリットとなっている。

「もちろんそれだけではなくて、菜の花が咲くコースを走るのですが、そこがまたきれいなんですよ。背景には太平洋も見えて、ホッとすると言いますか」

 ロケーションにおいて、ここまで恵まれた場所はなかなかないと思う。

 

「あとはですね、コースが思ったよりタフで走りがいがあるというのもありますね」

ランナーにとってこれもまた重要なポイントである。スタート直後から5km地点まで平で、足慣らしになりまます。その後、上り下りを繰り返す。最も疲労が出るといわれる30km過ぎの地点で上り坂はピークを迎える。

 

江刺家さんはスタート開始から快調だった。

「タイムを計ることはしないんですが、ペースで分かりますよね。今回は速いなって」

理由は明確だった。去年、一昨年と、ちょっとした上り坂でも歩いていたのに、今年はゆっくりでも走って進むことができたのだ。

下り坂でもいっしょだった。

「下りってスピードが出るから怖いじゃないですか。だけど、今年はセーブもほどほどに下りていくことができたんですよね」

とはいえ、決して無理はしないのが江刺家さんのポリシーだ。無理をしたらつらくなってマラソンがつまらなくなる。楽しむためにはマイペースが一番なのだ。

 

 

楽しむといえば、エイドもそうである。

「ゴールした後の、豚汁が美味しいのです。レース当日の朝ってトイレが気になり、そんなに食べないじゃないですか。お腹が空いているときだからにおいも格別で、口に含むとスーと胃まで届いて疲労を回復させてくれるんです」

今回はエイドで新しい発見があったという。

水分を取るときって、普通は冷たいドリンクじゃないですか。今回、あったかい麦茶があったので飲んでみたんです。冷たいものと違って、ゆっくり飲むことになるので喉が潤うんですよね。飲み過ぎることもないですから、これはいいなあと思いました」

 

マラソンを始めて9年になるが、ゴールしたときの達成感はいつも新鮮だ。

「何度もいろんな大会に出て完走していますが、どのレースもやっぱり途中はつらいんですよ。でも、ゴールした瞬間は走って良かったと思うんです」

 マイペースで走っているので順位やタイムは気にしないが、完走証明書に記載されたタイムを見て驚いた。

「去年より30分も速かったんですよ。歩かないとこんなにも違うものなのかとビックリしました」

 その反面、残念なことも。

「今年はあまり菜の花が咲いていませんでしたね。去年は黄色い花が咲き誇ってきれいだったんですが…。この楽しみは来年に取っておきますよ」

 

 こんな自然環境に恵まれたマラソン大会はそうはない。近年、どこもそうであるが、参加者増加で申し込みが大変になっていると語る。しかし、ここだけは来年もまた戻ってきたいと、江刺家さんは力強く誓ってくれた。

 

(文責:ライター金子塾 滝沢)

色々な初めてを楽しむ家族の絆

2015年4月8日 水曜日
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「家族みんなでマラソン大会に参加できたら楽しいだろうな。」

M.Kさんは思った。そのマラソン大会とは、愛知県東海市が主催する『第30回2014東海シティマラソン』。

 

「家から歩いて5分ほどのところで毎年開催されていましたし、長男も年中さんになったので、一家で走れたら楽しいだろうという気持ちでエントリーしました。」

愛知県東海市在住のM.Kさんは、一家でファミリーの部(2km)にエントリーした。

「今まで、家族全員、マラソンやスポーツに打ちこんできたものは特に無いんです。皆が初めてのマラソン大会です。1週間前くらいから、家族で近所を散歩したり少し走ったり、楽しく過ごすことで大会の準備をしました。」

 

同大会は、東海市制45周年での開催。 名鉄常滑線尾張横須賀駅の東広場を会場に利用しているので、交通アクセスがとても便利でランナーにも好評の大会。

父M.Kさんと母M.Yさん一家には、小学2年生の長女M.Wさん、保育園生でスイミングに通っている長男のM.Kくんがいる。

「長女は近所の神社で巫女(みこ)をしたり、長男はスイミングに通ったりしているので、全員そろう時間を作ることがむずかしいのです。」

M.Kさんは、大会にエントリーしたものの、同時に、小さな我が子を見てこう思っていた。

「長男はまだ保育園生。もしかしたら、ゴールできないかもしれない。」

 

むかえた大会当日は天気も良く、子どもたちも緊張はしていなかった。

「最初は、子どもたち二人とも楽しそうにしていましたね。」

しかし、スタート時刻になると多くのランナーがスタート地点にならび始める。そうして子どもたちは、その雰囲気に少し飲まれたようだ。

そんな中、一家はスタートを切る。

まず、M.WちゃんとM.Kくんが猛ダッシュし、そのまま500mくらいを一気に走ってしまった。直後、長男のM.Kくんが少し疲れを見せ足が止まり、父M.Kさんと一緒に歩く。でも、また走りだす。そんなのを繰り返して父息子でコースを進んでいった。

 

その間、長女のM.Wちゃんと母M.Yさんは母娘肩をそろえて走り、二人でゴールを切った。

「お姉ちゃんは、ゴールまで余裕だったと言っていました。」

長男のM.Kくんはというと、父M.Kさんと歩いたり走ったりを繰り返し、最後は無事にゴールした。初めての2kmは、「くるしかったー。」と言っていたそうだ。

父M.Kさんは言う。

「子どもたちが一生懸命に打ち込む姿を見て、嬉しかったですね。家族みんなでやってみるということ自体が楽しかったです。」

 

M.Kさん一家は、この大会の後、スキーにも初挑戦した。一家4人全員が『初心者』。

「岐阜県のスキー場へ行って、レッスンも受け、少し滑ることができるようになりました。」

ところが、そのスキーで長男のM.Kくんが骨折をしてしまった。療養中は、じっとしているのがつらかったそうだ。

「今は、長男のケガもだいぶ良くなってきたので、また家族でスキーに行きたいです。そして、次回の東海シティマラソンにも、また家族で参加したいですね。」

長女のM.Wさんは、次回の同大会4kmの部に出たいと言っているそう。

 

家族が、一緒にひとつのことを楽しむことで味わえる達成感は

 

格別ということを、早春の中、笑顔のM.Kさんが教えてくれた。

 

(文責:石渡 素子)

走りながらお互いを思う夫婦

2015年4月1日 水曜日
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今回は、お客様からいただいたエピソードをご紹介。

ご夫婦で第33回川口マラソン10kmの部に参加した、H.Mさん。

大会当日、妻がバテてしまったつらそうな姿を、H.Mさんは優しいまなざしで見守ります。

 

今回、夫婦二人で第33回川口マラソンに参加をしました。

妻は、ダイエットも兼ねての運動をしたいということで、10kmを完走するために練習を重ねました。

 

私は走歴が長く、毎年同大会でハーフマラソンに出場しておりましたが、ランニング嫌いの妻が頑張って10kmに出場すると決めたので、一緒に走りたいと考え今回は共に10kmに挑戦することとなったのです。

 

レース当日は天気が良く、気持ち良く走ることができました。

順調に走っていた妻が、ゴール手前1kmの辺りから失速し始め、それでも止まらずに最後の踏ん張りを見せて、今まで見たこともないようなヘトヘトな状態になりながらゴールできました。

その、ゴール手前1kmの辺りで、もうばててしまいそうな妻と私の写真が、今回撮影されておりました。オールスポーツのサイトでその写真を見て、ヘトヘトな妻の姿を見て爆笑しました。

 

みんなで、楽しい時間を共有することができたのが、今回写真を購入するきっかけになったと思っています。

こんなにたくさん、素敵な写真を撮影して戴き本当にありがとうございました。

 

これからもオールスポーツを利用したいと思っておりますので、スタッフの皆様の更なる活動の飛躍に期待しております。

 

(H.Mさんのエピソードより)

創立138年で初の快挙!

2015年3月25日 水曜日
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『第45回 香川県小学生選抜陸上競技大会』に出場を決めたH.Mさん。香川県小豆郡の小学5年生だ。

小豆郡とは、瀬戸内海に浮かぶオリーブの生産で有名な香川県小豆島と豊島を含む地域。

 

H.Mさんは陸上以外にも様々なスポーツが好きで、少年野球や水泳も力を入れている。毎年夏に開催される郡内小学生水泳記録会、背泳ぎ50m・100mで県大会にも選抜され出場。

秋に同郡で開催される小学生陸上記録会に出場し、ソフトボール投げの部で2位に約5mの差をつけ、今回『第45回 香川県小学生選抜陸上競技大会』に出場を決めた。

「小豆島は小さな島。この小さな島から香川県の大きな大会へ行くということが、H.Mには少しプレッシャーになったかもしれないです。」母のH.Sさんは言う。

大会当日はH.Mさんが通う小学校の校長先生はじめ、たくさんの先生方や家族一同も、応援席へ足を運んだ。

 

この大会ソフトボール投げの部は、予選で3投、決勝に進むとさらに3投することができる。

この日、H.Mさんはソフトボール投げが普段に比べ、やや思わしくない出だしとなった。

 

実は、この大会の2ヶ月前からH.Mさんは身体の、とある症状に見舞われていたのだ。

それは、スポーツをする成長期の子どもに多く見られる、膝の骨の下にある成長軟骨部が剥離することで痛む「オスグッド」というものだ。

普段の生活中でも練習を終え、下校する頃は歩く度に足をひきずるほど痛む。

そのため、「大会の1ヶ月前から、走り込みができず、ナーバスになっていたと思います。」H.Sさんは、娘を気遣ってそう言った。

 

大会当日、オスグッドの痛みと闘いながら、H.Mさんは3投目までをなんとか投げ終わった。この時点で決勝の8名に残った。

決勝からの、続く4投目も5投目も、どうしてもいつもより伸びが少なく、あまり良くない。

H.Mさんは、リラックスしているはずだった。大人数の中で誰とでも気さくに話す明るい性格。緊張して実力が出せないということは無いはず。

また、この大会の年の夏、H.Mさんの祖母は突然思わぬ病に倒れ、心臓の緊急手術を受けて入院するも、この大会を楽しみに退院、応援に駆けつけてくれた。そんな家族のためにも頑張りたいとH.Mさんは思っていたにちがいない。

ただ、オスグッドの痛みには、そんなH.Mさんでも勝てないのだろうか。

 

もうこれ以上追い上げるのは難しいのだろうか。誰もがそう思った、6投目。

 

最後の投球の結果がわかった瞬間、H.Mさんを応援にきていた全員が、歓喜の渦に包まれた。

最後の一投が暫定トップの記録を約1m上回った。そしてH.Mさんの優勝が決まった。

H.Sさんは、「みなさんの喜び方といったら、はんぱ無かったです。」と微笑む。

そして、表彰台で満面の笑みを浮かべたH.Mさん。

 

「オスグッドの痛みにも耐えて、よく頑張ってくれたと思います。最後まで諦めずにやれば、結果につながるということを実感したのではないでしょうか。」そうH.Sさんは言う。

前年の同大会において、同小学校の男子が幅跳びの部で優勝。そして、今回、H.Mさんは同大会同校2年連続の優勝者となる。

本人や家族の嬉しさはもちろんだが、小学校としても創立138年の歴史において2年連続優勝は、同校史上初というとても栄誉あること。

 
現在、小豆郡には小学校が9つある。しかし、4月にはH.Mさんの通う小学校を含める4つの小学校が、閉校となる。そして、統合された新しい小学校が開校する。それでも、郡の選抜大会は今までどおり開催される。来年度、6年生なっても、陸上は続けたいというH.Mさん。

H.Mさんの将来の夢は、「救急救命士になること。」母のH.Sさんが消防署に事務職員として勤務していることから、消防士や救急救命士の活動をより身近に感じているのかもしれない。

 どんなに足が痛くても、県で1位を獲ることが出来る力は、将来の夢をつかむ力にもつながっていくにちがいない。

 

 

 

 

(文責:石渡 素子)