ペダルを踏ませた東北魂

2015年3月11日 水曜日
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人生の中で経験したことのない達成感とはどんなものだろう。
「第3回 ツール・ド・三陸 サイクリング チャレンジ 2014 in りくぜんたかた・おおふなと」に参加した林田 良平さんは、そんな達成感につつまれる。
「自分の目標を達成したというより、地元の方たちの声援に応えることができた感謝の気持ちからです。」
ここ三陸は2011年、東日本大震災で津波による大きな被害を受けた場所。
 
声援を送っていたのは、その地域の大勢の人たち。

「三陸の被災者の皆さんは、震災後、想像もできないほどのきびしい生活を送っていらっしゃるはず。それを感じさせないほど明るく大きな声援を送ってくださいました。」
車椅子から一生懸命フラッグを振っている人。杖で体を支えながら応援している人。林田さんはその観客の中に沿道で杖を使っていた、ある女性とハイタッチをした。
その手が重なるほんの一瞬の間に、その女性から今を力強く生きている「東北魂」を感じとった。
 
 
スタートを切ってしばらくすると、林田さんの視界に、白い1棟のマンションがあった。
「一見、大きな損傷が無いように見えたので、震災後に新しく建てられたのかと思いました。」しかし、よく見ると、窓や扉が変形していた。
林田さんの脳裏に思い浮かんだのは、平穏で美しい海が地震により、そこに住む人の住まいや建造物に想定外の変化をひき起こした光景だった。
その後、林田さんはたくさんの花束が手向けられているのを目にする。被災者の方たちはきっと、全力で逃げたのだろうと想像された。
「そう思った直後に、人の命をうばい去った津波に怒りが込みあげてきて、よりいっそうペダルに力が入りました。」
 
このツール・ド・三陸開催の記事を新聞で見つけ、すぐに大会参加申し込みをした林田さん。
「考えるよりも先に申し込みをしていました。」
2011年に林田さんは、震災から2カ月後の宮城県宮城野区で災害ボランティアに参加していた。また、大学の自転車部で部活動もしていた。当時のその2つの経験が、今回の大会申し込みへリンクした。
自転車を始めて5年後、初めて出た大会がこのツール・ド・三陸だった。
「もし50Kmを自分1人で走っていれば、難所ポイントのリアス式海岸はアップダウンの激しい区間で、ロードバイクを押して坂を登っただろうし、途中で走るのをやめる事もできました。」
困難な状況の中でも強く生きる三陸の方からの声援があったからこそ、「負けるものか」という気持ちでいくつもの急な坂道を制覇できたのだろうと林田さんは感じている。
そして、一度も自転車を降りること無く完走することができた。
 
林田さんは、考える。「この大会の参加者が「勇姿」として、三陸の皆さんへ元気と生きる喜びや楽しみを届けられたら。」
今、国内はもとより、世界各国の人たちが、来日し復興支援活動をしていることに、林田さんは刺激を受けている。そして、これから自分自身、どのように協力できるか思いをめぐらせている。
 
林田さんの地元である埼玉県では、2013年からツール・ド・フランスさいたまクリテリウムが開催されるようになった。美しい自然や食文化が数多く存在する東北でも是非ツール・ド・フランスの名が冠した大会が開催され、海外の人たちにも被災地の活性化に協力してもらえたらと、林田さんは切望している。
林田さんは、次回もツール・ド・三陸に参加したいと考えている。
「今年よりも更に復興が進んでいることを心から願っております。またツール・ド・三陸でお会いしましょう!そして、応援をよろしくお願いします。」
 
(文責:石渡 素子)
 

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