お互いを思いあえる兄妹っていいもんだな

2015年2月4日
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今回は、お客様からいただいたエピソードをご紹介。

第33回 川西一庫ダム周遊マラソン大会に出場する妹のために、兄は練習につきあいますが・・・・。

その様子を見ていたお母さんのお話です。

 

 

今回初めて参加しました。娘は叔父(私の弟)と走りました。

娘は今、2年生で、空手をしています。そのための体力づくりに本人は「走りたい。」と言ってきました。
私は、正直びっくりしました。普段はしんどいことは避けていくタイプなのでいきなり2キロ走るのは無理なので、毎日ランニングをすることにしました。
そのとき、6年生のお兄ちゃんも一緒に走りました。お兄ちゃんはバスケットをしていて、一庫マラソンの日は練習があって出場できないので、練習だけつき合ってくれていました。
 
ところが、娘が参加申込みをしてから1週間後、お兄ちゃんはバスケットで骨折し入院、手術をすることに…。結果、お兄ちゃんは約半年走るのは難しいとお医者さんに言われました。大好きなバスケットももう、小学生のうちは出来ません。お兄ちゃんは毎日痛みと動けないもどかしさと闘っていました。
そんなお兄ちゃんを見て娘は「お兄ちゃんのために1位になる!」と。でも、母も毎日病院と家の往復でなかなか練習できず…。本番直前、学校の先生が朝、授業が始まる前に一緒に練習してくれました。
 
そして本番、気合いが入りすぎたのか、スタートと共にダッシュ。弟はこれなら一位をねらえるッと思ったようです…が、のぼり坂手前で失速。結果は・・・・。
 
でも、最後まで歩かず走りきったということでお兄ちゃんは妹をすごくほめていました。そして、早く自分も走れるようになりたい!と。
今はまだ松葉杖で、リハビリもなかなか進まず。でも、本人は、「卒業前のバスケットの試合に出る!」と、妹と約束していました。「お互いを思いあえる兄妹っていいもんだな」と感じました。
 
(K.Yさんのエピソードより)
 

見違えるほどの成長に驚き!

2015年1月28日
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小学2年になり、4月から週に1回のマラソン教室に通い始めたI.Iちゃん。そのきっかけになったのが、小学1年生のときの校内マラソン大会だった。

「大会前にいっしょにコースを試走したんですが、スタミナ切れでべそをかいてしまったんです。本番も完走はしましたが、最後のほうだったんですよね。それがあって子どもながらに悔しいと思ったんでしょう」

 父のH.Iさんはそう語る。

 マラソン教室は長距離だけを教えるのではなく、短距離走の練習もする。そのおかげで、普段は家の中で遊ぶことが多いI.Iちゃんだったが、2年生になって6月の運動会ではリレーの選手に選ばれた。

 夏には短距離走の大会にも出場した。

 

 そして11月になり、教室全体で『第28回上田古戦場ハーフマラソン』に参加することになった。I.Iちゃんは『小学生女子3kmの部2年生』にエントリーした。

「練習では3kmも走ったことがなかったんです。親としては心配でしたが、娘は淡々としていましたね。完走できるつもりでいたようです」

 I.Iちゃんはマラソン教室で様々な経験を積み、それが自信になっていた。

 

 迎えた大会当日。

 

 父は仕事のために応援に行くことができなかった。気持ちとしてはまずは完走すること。欲をいえば、歩かず走り続けてゴールすることを願っていた。

 ところが結果はH.Iさんの予想をはるかに超えるものだった。

「10位入賞したんです。27人という参加人数でしたが、去年は泣きながら私と走っていた子がここまで成長するものかとビックリしましたね。レース後に感想を聞いてみたら、『もっと速く走れたと思う』と答えていました」

 それは娘なりの強がりだろうと思ったのだが、オールスポーツコミュニティのサイトでI.Iちゃんの写真を見たとき、あながち嘘じゃないと思った。

「芝生に入ってからのラストスパートのシーンが掲載されていました。前傾姿勢で地面をしっかり蹴り上げている写真。歯を食いしばって、スピードが出ている様子がはっきりと分かりましたね」

 つまり、スタミナ切れせずに、最後に加速することができたということだ。さらに、強気な発言の裏には、マラソン教室の中に自分よりも順位が上だった子がいて、その子に負けた悔しさもあったのだろうと、H.Iさんは分析をする。

 

父はラストスパートのこの写真を見ると、娘の必死さや息づかいが、まるで実際に見たことのように思い出されるそうだ。

 

 目標は今回の大会で自分より上位に入った同学年の仲間に追いつくことと、秋に行われる駅伝大会のメンバーに選抜されること。

 自分は“できる”ということを知ったI.Iちゃん。これからの成長が楽しみだ!

 

(文責:ライター金子塾 滝沢)

 

千倉の風を走りぬけて

2015年1月21日
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夏は海水浴やサーフィン、冬はフラワーパークなどでにぎわう千葉県南房総市千倉。スキーヤーでランナーの下田眞平(しんぺい)さんはこの地域で生まれ、大学へ進学するまでの18年間を過ごす。この地域は、「南房総市ロードレース千倉」が開催される場所。今年で、開催43回をむかえた。

「この地域は、今、過疎化に悩んでいます。そこで、少しでも地域貢献ができればと思い、昨年からこのレースに参加しはじめました。」母親がこの地域に一人で暮らしていることもあり、、藤沢市から帰省するきっかけにもなっているという。今は、神奈川県湘南地域の海岸にほど近い鵠沼に住む。

 

この大会のコースは、下田さんが中学時代に参加していた駅伝コースの一部でもある。当時、駅伝に参加していたのは陸上部からのメンバーだけではなく、野球部に所属していた下田さんを始め、バスケット部、水泳部など、各運動部からセンバツされた生徒達だった。

「1、3年の時はラスト10区、2年生の時はスタートを任されました。中学3年生の時、最終10区で区間新記録を出して、3位から2位に順位を押し上げたのですが、抜いた中学に私の母が教師として勤務していたために、しばらくはその話題で盛りあがったと聞いています。」

当時、区間新記録は出した下田さんだったが、「後からゴールした同じクラスの友人が、私よりさらに3秒早いタイムを出したのです!区間賞をのがしてしまったことも、今となってはなつかしい思い出となっています。」

昨日のことのように下田さんは語る。そして、そんな思いを馳せながら、このレースのハーフの部、下田さんは1時間 43分 28秒でゴールを切った。 

そんな体育会系だった下田さんだが、ある日健康診断で、「このままいけばメタボ症候群に突入しますよ」と言われてしまったのだ。今から2年前だった。社会人になってからは、スキーをする他にほとんど運動もしていなかった。これを機に再びマラソンの世界の扉を開ける。

「最初はダイエットが目的で始めたので、マイペースで目標をクリアしたら次に進もうと思って。しかし意外に早く目標をクリアしてしまったので、2012年に初めて青梅マラソンの10kmに挑戦し、翌年も同じく10kmに出場しました。」

スキーの大会でもそうなのだが、「本番に強い」と自他ともに認める下田さんは、目標のクリアも早い。

現在下田さんは、土日に自宅からほど近い江の島から鎌倉方面往復を走りこみ、また、今年の4月から、職場の近く、みなとみらいを夜、週2回走りこんでいる。下田さんは、日本最大の豪華客船クルーズを運営する企業に勤務している。「ランニングステーションに通っているうちに、ラン仲間ができてきました。こういう出会いって良いですね。」

昨年11月には、富士山マラソン(旧河口湖マラソン)に出場し、還暦で初フルマラソン、いきなりサブ4を達成した。

下田さんは、ランに打ち込むだけではなく、今まで通り、スキーにも打ち込み、ヨーロッパ年間スキー滑走日数200日も目指している。「これ、サラリーマンギネス記録をねらえるんじゃないかと思って。ガイドブックには載っていないヨーロッパ諸国でのスキーの楽しみ方について、私費出版するのが私の夢ですね。」今、ヨーロッパ滑走日数合計は196日。目標まで後4日。下田さんは千倉の風を走りぬけ、今も、様々な場所で走り続けている。

(文責:石渡 素子)

チームへの言葉は息子へのアドバイス

2015年1月14日
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 昨年秋にラグビークラブのコーチとなったT.Mさん。チームは幼児から中学生、大人の女性までいて、500~600人が所属している。

 T.Mさんは幼児たちを教えることになった。自身は現役社会人プレーヤーとして、40歳まで活躍し、2年前に引退した。コーチを始めるきっかけとなったのは、周辺のラグビースクールを候補に挙げ見学した際に現役時代のチームメートや高校時代の後輩がこのチームでコーチをしていたという縁だった。

しかし、教えるにあたり、すんなり受け入れたわけではなかった。

「幼児のカテゴリーには40人ぐらいの子どもたちがいるんですが、うちの息子も所属しているんです。私がコーチになると特別扱いできなくなります。息子のビデオを撮ることもできなくなってしまいます」

 それでもラグビーへの情熱がコーチ就任を決心させた。

「チームの子たちには、うまくなってほしいというより、ラグビーを好きになってほしいと思っています。私がいつも言っているのは、みんなでボールを動かしてみんなでトライを狙っていこうということです。そのために、ボールとボールを持っている人をいつも見ようと言っています」

 

 就任して間もなく、11月3日に『秋季東京都ミニラグビー交流会』が行われた。東京都だけでなく、隣県からもチームが集まり、1チームあたり2試合の交流試合をするという形式だった。

 1学年40人いるチームの当日の参加は20名あまり。個人のレベル関係なしに3つのチームに分類された。T.Mさんが担当するチームには偶然にも息子さんが入った。

「うちは1分け1敗という成績でした。息子はトライも獲ったし、良かったと思います。相手を抜いたところをフォトクリさんが撮影してくれましたが、印象深いシーンでした」

 息子さんのことになると淡々としてしまうT.Mさん。指導者としては仕方ないことだ。特別扱いできない――。しかし逆に言えば、チームに投げ掛ける言葉は、そのまま息子さんにも当てはまる。

 T.Mさんは、この年代において勝ち負けに一喜一憂するのはあまり意味のないことだと語る。

「半年生まれが違うだけで体の大きさがまったく変わりますからね。それが勝敗にも大きく左右します。幼児だからこそ、まずは楽しくプレーすること。そして挨拶や礼儀などの規律。そして考えてプレーすることやチームワークを大切にすることが重要だと、私は思っています」

 

 2015年になり、T.Mさんにとってはコーチとして本格的な一年を迎える。息子さんは4月から小学1年生に進学するが、T.Mさんも小学校低学年のコーチとして継続する。

「息子にはこれからも楽しくラグビーをやってもらいたいです。私も指導者としては新米なので、一生懸命頑張りたいと思います」

 

 教える側になってからの新たなラグビー人生。カテゴリーが一段上がる息子さんともども充実した一年を過ごしてほしい。

 

(文責:ライター金子塾 滝沢)

音楽は音を楽しむこと。生徒たちの楽しい写真を残したい!/新井哲治カメラマンの撮影秘話

2015年1月7日
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 フォトクリエイトでは、私は中高生たちの吹奏楽演奏会を撮影することが多いです。演奏会には2種類あり、コンテストと定期演奏会に分類することができます。

 

 コンテストとはご存じのとおり順位を決める大会で、地区、全国と繋がっていくものです。定期演奏会は保護者の方々や地域の人たちに向けて開かれる感謝祭とでも言えばいいでしょうか。この2つは明らかに別のもの。演奏者や会場の雰囲気だけでなく、撮影する我々の気持ちまでもが違ってくるのです。

 

 コンテストは「撮影場所はここ」と指定されて動くことはできません。全景写真はもちろん、個人に寄った写真も望遠レンズを駆使してそこで撮影することとなります。また、シャッター音が出ないように工夫もしなくてはいけません。「とにかく静かに」が重要なのです。この状況で出来上がる写真は緊張感のあるものが多くなります。

 

 反対に定期演奏会は自由です。楽屋裏にも入ることが可能ですし、リハーサル風景を撮影することもできます。だからといって何をしても良いとうわけではなく、こういう気軽な場所だからこそ、最初の挨拶が大切なのです。

楽屋裏へ行けば、生徒たちは一生懸命に練習をしていますから、ガサツに入っていき撮りたいものを撮るという感覚ではいけません。きちんと挨拶をして顔を覚えてもらい、「害のない人間だよ」と思ってもらう必要があるのです。

 リハーサルもありがたいことに、同じステージに上がることができます。生徒たちを間近で撮影できるとあって、気持ちが前のめりになりがち。でもそこは邪魔にならないように冷静になって撮影することを心がけています。

 

 定期演奏会はどの学校も独創的。クラシック、ポップス、演劇、ダンスなど、趣向を凝らしたものばかりで、仕事を忘れてしまうぐらい楽しいです。カメラマンがその場を楽しまないと、良い写真は撮れないという格言もありますから、素直にそうしています(笑)。

もちろん楽(たの)しむことと楽(らく)することは別なので、仕事はしっかりとさせていただいています。

 

 撮影するときの一番の注意点は、人物に寄ったときに顔だけにズームしないこと。真剣な表情はそれだけで絵になりますが、被写体は演奏しているわけです。楽器を入れないと、よく分からない写真になってしまいます。フルートやトロンボーンは口で吹くので、ある程度顔に寄ることができますが、打楽器はどうしても膝ぐらいまでが限界だと考えています。

 

 演奏会後、生徒たちのやり切った表情には感動すら覚えます。最後はロビーで来場したお客様に対して生徒たちがお礼の挨拶をし、その場で集合写真を撮影して終了となります。

 

 音楽とは音を楽しむこと。私が最も写真に残したいのは生徒たちが楽しんでいるところです。笑顔です。楽しさが伝わる写真が演奏会では最も良い写真だと思っています。

 これからも、そんな写真を残すことができるように演奏会を撮影し続けたいと思います。

 

(文責:ライター金子塾 滝沢)

 

笑顔の素は湘南国際マラソン

2015年1月7日
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今回は、お客様からいただいたエピソードをご紹介。

I.Yさんのお母さんが闘病中、息子さんが湘南国際マラソンに出場し、

貴重なひと時を過ごすことができたお話です。

湘南国際マラソンは私の母が闘病中の息子のイベントした。

孫が出場するとわかると、体調の悪い中でもとても楽しみにしてくれていました。

前日に退院したものの、痛みが強く、薬のせいもあり、ベッドでほとんど寝ていましたが、当日はケーブルにチャンネルを合わせ、直前には電話をくれました。

「今からでしょ!ばーば見てるからねー」と。

意外と元気な母の声に、一人留守番させて大丈夫かと心配していた気持ちも少し和らぎました。

 

いよいよスタートし、私は携帯片手に応援し、思ったより早くゴールできた息子を見届け、すぐ母に電話しました。

「今ゴールしたよ!意外と早かったよ!」

おそらく、いつものように朦朧としていたのか、「うん・・うん・・。見つけられなかったけど帰ってきたら撮ったの見るさ・・・眠いから・・」とすぐ切りましたが、

母も安心し、ほっとしたようでした。 

 

帰って約束通り、一緒に録画した湘南国際マラソンを見て、結局息子は映ってなかったようですが「すごいさー、すごいさー」とずっと息子をほめてくれました。

「ばーばのお父ちゃんも那覇マラソン完走したから、血を引いてるねー」なんて昔話や孫のこれからが楽しみだ~なんて話でその日の夜は盛り上あがりました。

それから二週間後母は自ら入院したいと言い、癌の痛みと戦いながら、最後は大好きな沖縄民謡を意識のほとんどない中で唄い、唄い終わって息をひきとりました。

ずっとずっと痛い中でも、孫たちといるときだけは笑顔が見られました。マラソンの日も。

出来上がった写真を母に見せる事はできませんでしたが、私たちが写真を見るたび あの日の電話の声や笑顔を思い出し、それもまた、いつかきっと、母との楽しかった昔話になるはずです。

 

(I.Yさんのエピソードより)

娘の強さに感動した『浜名湖マラソン』

2014年12月24日
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O.Mさんがジョギングを始めたきっかけは、太り始めた体をケアするためだった。ドライバーという職業柄、運動不足に陥っていたのだ。

「仕事が終わり、夕ご飯を食べて少し休んだらジョギングをするようにしました。そのとき、小学生の娘もいっしょに走り始めたんです」

 小学2年の娘、Yちゃんはお父さんとお遊びのつもり。お父さんはダイエット。目的は違えども、父娘の中で「走る」という日常が出来上がった。

 

 

ジョギングが続けば、大会に出たくなるのが本音というもの。O.Mさんは地元の『浜名湖マラソン大会』に出場しようと決めた。

「距離が短いこの大会は、初心者にはピッタリなんです。10kmの部と5kmの部がある中、私は5kmの部にエントリーしました。その後、娘に出てみるかと聞いたら『出たい』というので、娘の分も申し込みました」

 

 小学生は5kmの部、10kmの部には出場できず、3kmの部というコースが用意されている。

「別々に走ることになってしまいましたが、『頑張って来いよ』とレース前に話しました。『最後まで頑張って走る』と言ってくれたので心強かったです」

 

 当日はムシムシして走りづらかったとO.Mさんが言うように、きつそうな顔をしているランナーを何人も見かけたという。そんな中、心配だったのはYちゃんの体調だった。

「コースをUターンするときに、3kmの部を走る子どもたちを見ることができるんです。娘の姿も見つけました。少し苦しそうな顔をして走っていました。声をかけることもできたのですが、話しかけてリズムを乱すのも良くないと思って、遠くから見守るだけにしました」

 

 O.Mさんは大量に汗をかき、バテてしまったが、男子30代のカテゴリーにおいて538人中106位という好成績で完走した。

 ゴールに到着すると、そのまま戻ってくるYちゃんを待った。

「娘が見えてきたときは、うれしかったですね。頑張れ、頑張れって気持ちでした」

 ゴールに向かって一生懸命に走るYちゃんの姿は感動的だった。

「小学2年生が3kmを走るって凄いことじゃないですか!」

 

 そして、ゴールイン。すぐさま「大丈夫だったか」とO.Mさんが駆け寄ると、Oちゃんは「途中で転んじゃった」と言った。膝を見ると、ケガをしていた。O.Mさんは胸が締め付けられるほど切なくなった。

自分がその場にいられなくてすまないという気持ちと、泣かずに立ち上がって走り続けた娘を誇りに思う気持ち。その二つが交差した。

「痛かったと思うんですが、よく頑張りましたね」

 

 子どもとともに参加した『浜名湖マラソン大会』はO.Mさんにとって最高の思い出となった。だが、思い出作りは一度きりにはしたくない。これからも親子で参加できる大会に出場して、今度はいっしょにゴールテープを切ろうと決めている。

 

(文責:ライター金子塾 滝沢)

好きこそ“空手”の上手なれ

2014年12月17日
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公民館で行われた空手教室が、空手を始めたきっかけだった。A.Sちゃんがまだ幼稚園の頃。親子で楽しもうといった趣旨で開かれていた教室に父娘で参加し、A.Sちゃんはその場で空手の虜になってしまった。

「娘がどうしてもやりたいというので、私と娘でまずは毎週土曜に通い始めました」

 しかしお父さんのK.Sさんはすぐに挫折。A.Sちゃんだけが続けることとなった。その後、先生が道場に所属して、本格的に取り組むこととなった。

 

「娘は現在小学校3年生で、空手歴は3年ちょっと。習い始めから一度も嫌がることなく、むしろどんどんやる気が増していっている気がします」

 というのも、指導者の存在が大きいと父は語る。

「先生は元世界チャンピオンなんです。女性でていねいに教えてくれるし、体のキレも凄い。娘は憧れているんだろうなと思います。しかも、叱るときは厳しく、褒めるときは徹底して褒めてくれるんです」

 

 他にも、道着を初めて買ってもらったときの高揚感、最初の昇級試験で飛び級し8級になったことなど、A.Sちゃんが空手にのめり込む要素はいくつもあった。

空手が好きだという思いは道場外でも表れる。暇さえあれば、録画した大人の空手大会の映像を観たり、家族で買い物に行けば隣で空手の型をやっていたり。四六時中、頭の中には空手があるのだ。

 

そんなA.Sちゃんだが、大会には縁がない。なかなか勝ち進めないのだ。

「地区大会では優勝経験もあるんですが、だいたいは初戦で優勝候補の子と当たっちゃう場合が多いんです」

 今回の『第9回秋季埼玉県有級者空手道交流大会』もK.Sさんはまた負けに行くのかと半ば諦めていた。

ところが、初戦を勝ち、2回戦も突破し、3回戦も勝利した。

「勝った、また勝った、またまた勝ったって感じでしたね。娘よりも私のほうが喜んでいました。はしゃぐのを抑えてはいましたが、完全に親バカになっていたような気がします」

 A.Sちゃんはなんと「形」「組手」共に決勝戦まで勝ち進んだ。この大会は3年生、4年生の男女混合大会上級の部。3級の小3女子が決勝まで行くこと自体が無理だと思っていました。

 結果は共に敗れましたが、

「よく頑張りましたよ。何も言うことはありませんよね」

 

 閉会式後、K.Sさんはキュッと心を締めつけられる光景を目撃する。

「娘が準優勝の賞状を鞄の中に入れようとしたとき、黄色いA4サイズのクリアファイルを見つけたんです。それって、地区大会で優勝した賞状がそのサイズだったんです。鞄の中でクシャクシャにならないようにしたのでしょう。あの子は最初から勝つつもりでこの大会に出場していたんですよね。なのに私ときたら、また負けに行くのかなんて思っていて…。恥ずかしい限りです」

 今大会は賞状が大きく、A4のクリアファイルには入らない倍もある本格的なもの。それを手にしたときの娘の表情が愛おしくて、帰り道、さっそくホームセンターへ立ち寄って、賞状が入るケースを買った。

 

 勉強ではすぐに根を上げるのに、空手ではいっさい根を上げないというA.Sちゃん。この『秋季埼玉県有級者空手道交流大会』は県内大会なので全国へは続かないが、目標は県大会を勝ち抜いて全国大会に出場することだ!

(文責:ライター金子塾 滝沢)

 

走るからにはカッコ良くゴールしたい!

2014年12月10日
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初100kmマラソンが野辺山。

近藤嘉男さんの選択は、経験者たちからすれば、無謀極まりない話らしい。『星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン』は最大高低差が1000m以上あり、アップダウンがきついコース。日本屈指のハードなレースとして有名なのだ。

「いきなり野辺山を走ろうと思ったわけではなく、最初は10kmの大会に出場し、ハーフ、フルマラソンを経験して、新たな目標として100kmマラソンに出たいと思うようになったんです。このときはまだ、野辺山なんて走れるわけないと思っていました。具体的にどの大会に出ようかすら、決めていませんでした」

 漠然と100kmマラソンに出たいと思っているさなか、昨年9月『秩父札所めぐりウルトラマラソン』に出場した。

「これは84kmを走る大会なんです。100kmの前段階として選んだんですが、なかなかタフなコースでした。ここで満足できるタイムで完走できたものですから、このまま勢いに乗って、野辺山へ挑戦しようと思ったんです」

 

近藤さんは、マラソン大会を走る上でポリシーを持っている。カッコ良くゴールすること――。ヘトヘトになって完走するのではなく、しっかり走ってガッツポーズでテープを切ることを良しとしている。そのためには事前のコース把握と、そのコースに合った練習法が必要不可欠なのだ。

「野辺山は私が苦手な砂利道が多いので、砂利のある道で集中的に走り込みをしました。もし、本番で石がゴツゴツして走りづらい場合は無理せず、フラットな道のときだけ走ろうとも決めました」

下り坂も得意ではなかったので、上手に降りる練習も繰り返した。さらにはインターネットで過去の写真を何度も見て、気持ちを高めることもしたのだった。

 

 レース当日は晴れ。とはいえ5月の長野の山はまだまだ寒く、最低気温-1.4℃まで下がった。

朝5時。ピストルが鳴り、レースが始まった。近藤さんは後方から進んだ。プランどおり、デコボコした道は歩き、舗装された道は走った。

「順調だったと思います。途中、紐が緩んで、シューズの中で足が動いてつま先が痛くなったんですが、結び直したら治ったのでホッとしました」

 

このレースの最大の難所は79kmからの馬越峠。標高1620mの場所にあり、急激な坂をあがって行かなくてはならない。近藤さんも馬越峠の過酷さは十分認識していた。

「峠が見えてきたときはいよいよだと思いました。ここを越えると完走率が9割になると聞いていたので、絶対に乗り越えてやろうと思いましたね」

ずっと登り坂が続くと、さすがにペースが落ちる。自分が考えていたよりも時間がかかってしまった。歩くことが多かったが、近藤さんは着実な足取りで馬越峠をクリアした。

「ところが、90km付近からまたゆるやかな登り坂だったんですよ。これは知りませんでした。不意を突かれた感じで、ここが一番苦しかったです」

この坂も登り切り、いよいよ残り1kmに差し掛かった。つまり、カッコ良くゴールする瞬間がやってきたのだ。

「持てる力を全部出してやろうと思って、ラストスパートをしました」

近藤さんはがむしゃらに走った。ついに赤い絨毯に足を踏み入れ、ピンと張られたゴールテープへと向かう。30m、20m、10m、5m、3m…。両手を上にあげ、「やったー」と叫びながらゴールイン。

「他の大会よりもテープが太くて、張りがあったのを覚えています。これって、野辺山を完走した者だけが味わえる感触ですよね」

ゴール後、メダルを首に掛けてもらうと、このレースの重みをさらに実感したという。

「ずっと掛けていたい。そんな気分です。無謀だったかもしれませんが、このレースに挑戦して良かったです」

 

 難コースを克服してもなお、別の100kmマラソンに出たいという。大会第1回目から参加している10kmのロードレースにも出場する予定だ。

 距離に関係なく、まだまだたくさんのレースを走りたい。近藤さんのマラソンライフは充実のときを迎えている。

 

(文責:ライター金子塾 滝沢)

ゲレンデで驚く子どもたちの上達スピード/中武 叡嗣(なかたけ えいじ)カメラマンの撮影秘話

2014年12月3日
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 気がつけばもう冬ですね。フォトクリエイトで子どもたちを撮影していますが、この季節になると、スキー教室の撮影のためにゲレンデへ行く機会が増えます。
シーズン的にピッタリということで、スキー教室の撮影話をしたいと思います。
 
 子どもたちは初級、中級、上級と実力ごとにクラス分けされるのですが、彼ら全員100人ぐらいを私一人で撮影します。
 クラスが分かれれば、もちろん滑る場所も違ってきます。初級、中級クラスなら山の低いところで滑っているから移動もスムーズにいくのですが、上級となるとリフトに乗って上のほうへ行くので、参加者全員を撮影するには、こちらとしても考える必要があります。
 そこで私は、午前中は初級、中級クラス、午後は上級クラスと時間で分けて撮影しています。
 
 スキー教室なので、みんながスキーを滑っているシーンを撮ることが必要です。でも、難しい場合もあります。どんなときか…。
 例えば、トイレ休憩を境にソリや雪遊びに変更されることがあります。子どもたちの集中力ややりたいことに応じてやることを変えていくのですが、あの子のスキー姿はまだ撮っていないのになあなんて思う時には、今のこの状況で考えうる撮影をする必要があります。
 
 スキーをするときは、誰でも帽子をかぶり、ゴーグルをすると思います。顔がハッキリしないですよね。撮影するときの気をつける点として目が見える位置まで寄ったり、それが無理なら、楽しく滑っているところを狙って撮影するようにしています。
 そうしているとハッと気づくことがあります。さっきまでおぼつかなかった子が急にスムーズに滑れるようになったり、こちらに手を振りながらボーゲンで降りてきたり、上達のスピードが速いんです。子どもたちの成長力には脱帽しますね。
 
 スキー教室の撮影は天候との戦いでもあります。山の天気は本当に変わりやすくて、吹雪いていたと思ったら急に晴れたり、その連続です。カメラは光がとても大切ですから、明るさが頻繁に変わると、その度に対応します。雪の照り返しにも注意が必要です。一回撮ったら画面を見て、白く飛んでいないかを確認するのは重要事項。常に空を見て、天候の変化を予測することも大事なことです。これらの作業は、良い写真を残すための当然のことです。
 
 スキー教室は泊まりがけなので、食事中のシーン、部屋でくつろいでいるところ、お楽しみ会の様子なども撮影します。そのときの自然な笑顔はほほえましい限り。
その後、私は夜の9時くらいにスキー場を出るわけですが、車の中では仕事をやり切った充実感でいっぱいです。
 そうして1日かけて出来上がった写真は思い出たっぷり。親御さんたちにも喜んでもらえるとありがたいです。
 
いよいよスキーシーズン。子どもたちの上達の速さに驚く季節がやって来ます!
 
(文責:ライター金子塾 滝沢)